🎙Podcast #002 【 野瀬 栄進 】ジャズピアニスト & コンポーザー(テキスト版)
自分の音楽をやりたい。

◯◯したい!と思った時、「いや、無理でしょ」なんて自分自身がドリームキラーになってしまう時に、ぜひ今回の野瀬さんのポッドキャストを聞いてほしい。
ジャズピアニストになるといえば、小さい時からピアノをやっているのが当たり前の世界で・・・
ピアノは4歳で始めたけど、小2で辞めた。
ジャズを始めたのはハタチになってから。
それもいきなり、本場アメリカに単身・渡米してから。
ターニングポイントの最初は「アメリカに行きたかった」から!
アメリカに行くにはどうしようか?と考えていた19歳の頃。友達からもらったジャズのコンピレーションがきっかけになって、アメリカでジャズピアノをやることにした。ピアノのハーモニーや1人でいろんな音が奏でられる可能性に魅せられた。
そこから、野瀬さんがどんなステップを経て今に至るのか?
死ぬまでに1000曲作ることをゴールにしながら、どのように日々、感覚をクリアにしながらフルフォーカスを保っているのか?
《うぐいす新聞》第2弾の🎙Podcastです。
下記からお聴きください👂
※このポッドキャストは、約1年前の2022年10月にインタビューした録音をパブリッシュしました。最新版を近々とりなおす予定ですので、その後どうなったか聞きたいことなどあれば、ぜひ運営までご希望お寄せください。
モンクのように「自分の音楽」がやりたい
うぐいす新聞 (以下、U):
今日は野瀬栄進さんをゲストにお迎えしました。
野瀬さんはジャズピアニストでコンポーザー。日本とニューヨークを行き来して活躍されています。いつもはニューヨークをベースにしながら、日本に来日してツアーをするというスタイルなんですが、ここ数年(インタビューを行った2022年10月時点。2023年10月時点でニューヨークに戻っており、ニューヨークから日本に来日するという形に戻っています)コロナがあって日本に現在は長期滞在しているというちょっとイレギュラーな状況なんですよね。
うぐいす新聞のオーディエンスの方は野瀬さんを知らない方も多いと思うので、普段どういった活動をしているのか教えていただけますか。
野瀬 栄進(以下N):
コンポーザー・ピアニストと言われています。自分はジャズをベースにしながらオリジナル曲をやっています。ジャズ・スタンダードももちろん やりますが、自分の音楽をやりたいっていう感じですね。
U:ジャズというと、一般的には『A列車で行こう』などのスタンダードを思い浮かべる人が多いと思うんですけれども、自分オリジナルの曲をやってる人は活動系統で言うとどういう位置付けになるんでしょうか。例えば他のアーティストでは、どんな方がいらっしゃいますか?
N:
例えて言うならセロニアス・モンクが一番わかりやすいかもしれないですね。
セロニアス・モンク、分かりますか?モンクは、もう「自分の音楽」って感じじゃないですか。 それに対して オスカー・ピーターソンとかはオスカー・ピーターソンの演奏 なんだけれども、やっている曲はスタンダードですね。
U:なるほどです。 野瀬さんからみて、最近のミュージシャンでモンク系の人っているんですか?「こいつは自分の音楽やってるな」みたいな。
N:
同世代で尊敬しているピアニストは何人かいます。1人はクレイグ・テイボーン。この人は本当にすごいなと思ってます。オリジナル曲も書くけど、フリー・インプロのアイディアの深さとか、予想できない展開みたいなのがすごい。
あとは自分がずっとお世話になって音楽を目の当たりにしているラス・ロッシングと言うフリー系のピアニストで、 彼もオリジナル曲をいっぱい書いてます。
日本人で言うと、菊地雅章(きくち まさぶみ)さん。プーさんって言われてるんですけど ああいう路線が僕はすごく好きで、ちょっと弾いただけで「その人!」ってわかるオリジナル性ですね。ジャズスタンダードでもなんでもやるよ、というよりは、自分自身の音楽を作り上げてそれを出していきたいという感じです。
とにかく「アメリカに行きたい」から逆算してスタート
U:自分の音楽を「ジャズ」という音楽世界で表現すると聞くと、「ものすごい小さい時からそういう音楽にどっぷり浸かっていたのかな」というイメージを持つ人が多いと思うんですけれども、野瀬さんは中々興味深い経歴でジャズに足を踏み入れてるんですよね。
N:
最近の若い人って、大体10代からやってたりとかしてますもんね。日本だけじゃなくてアメリカもそう。
自分なんかはピアノ自体は4歳から始めたけれども、小学校2年生ぐらいでやめてる。ジャズもハタチで始めたみたいな(笑)ピアノは辞めてからジャズ始めるまではろくにやってなくて、家でちょろちょろやる程度。2〜3ヶ月やってみては辞める、みたいな。小さい頃に習っていた練習曲はバイエルで終わっててツェルニーも弾いてない。素振りで終わったみたいなレベル(笑)
U:小さい時から鍛錬してなくて「ジャズピアノ弾きたい!」ってなってそこに行くっていうのは 逆にすごいなって思っちゃいます。しかも、日本でやるんではなくてもうそのまま 本場のアメリカに渡ったっていうのがいいですね。
N:
無謀ですよね(笑)
僕はもし自分の息子だったら止めます(笑)まあジャズピアノが好きだったっていうのがあるけど。
U:なんで、またそういうことになったんですか?(笑)
N:
自分はとにかくアメリカに行きたかったんですよ。
「アメリカに行くには、どうしようかな?」と思ってた。当時はバスケをやってて、とりあえずバスケは好きだけど「これでアメリカに行こう!」という理由にはならなかった。
19歳の時に友達が ジャズのコンピレーション・アルバムをくれて「これやりたいな。じゃあ アメリカでスタートしよう!」っていい理由が見つかったっていう(笑)そんな理由で渡米した。
ピアノでジャズをちょっとやってみたいなと思ってたけど、クラリネットもやってたんで、サックスとかの方に行こうと思えば行けたんだけど。でも、ピアノはハーモニーもいいし、1人でやれる範囲が広いことにすごい感銘を受けた。
最初 ビル・エヴァンスから入ったんですけど。どうやってやってんだろう ?みたいなところから始まり、それでハタチで渡米しました。
スーツケース1つで、誰も知らない、 金もない(笑)
U:それだけで何かの 曲になりそうですね。
N:
俺みたいなのは、実はいないんですよ。
だいたいは、日本で経歴があるとか、もしくはジャズをやってないにしてもピアノを弾くこと自体の教育はもう終わってるということが人がジャズをやることが多いんだけど、俺はもう1から全部 やり直し みたいな。
U:実際 アメリカに渡ってみてどうでしたか?ジャズピアニストとしてさんでものになるまで。
自分がプロになろうとかことも考える間もなく 次から次へとやりたいことがあった
N:
最初に行ったのがカリフォルニアだったんで、それが割と良かった。最初にニューヨークに行ってたら打ちのめされてたかもしれないんですけれども(笑)
カリフォルニアはゆるい感じの雰囲気だったんでそれが良かったのと、ミュージシャンがニューヨークほど いっぱいないんで、大学のビッグバンドで「ちょっとピアノやらないか」って聞かれたら「やります、やります!」って言ってビッグバンドすぐやらせてもらって。レストランで仕事あるから来ない?みたいな感じで、対してピアノ弾けないのに始めてすぐ3ヶ月くらいで仕事してたりとか。本当にジャズのことがわからなかったのに実践的なところで声をかけてくれたりしたのがすごいラッキーでしたね。
学校がどうのこうのっていうよりも、そうやって外で演奏するのが初めてでもビッグバンドだとか ボーカルグループの人たちと ツアー したりとか実戦で学んで行った。それでニューヨーク 行ったら本当に 全然 レベルが違って やべえ みたいな(笑)
U:1回 カリフォルニアでスモールステップを踏んだのが良かったんですね。
N:
そうですね。ニューヨーク行くまでに大体ジャズの理論とかはカリフォルニアで勉強したんですよね 。ニューヨークで音大に行ったけどその前に もう自分で理論的なことは分かってた。
U:理論はやはり始めるのに大事なんだ。
N:
例えば コードとか スケールとか全く知らなかったんで。
理論がわかってもうまく弾けるかどうかは全く別の問題 なんで、そこからがスタートでしたね。今もその 修行は続いてます。
U:自分自身で「自分はジャズミュージシャンだ」って自信持てるようになったのはいつでした?
N:
いや 今でもたまに「 俺 ジャズミュージシャンなんかー。ピアニストになったんだな」ってふと すごい不思議な気分になることがあって(笑)
たまに釣りとかしてると「あ、俺 ピアニスト だった」って思ったりする。バスケットとかはもう最近はしないんですけど 昔やってた時は最初は「俺、ピアニスト だから」って言って手を気をつけてやってるんだけど、夢中になってくると「忘れてた! やべえ」 みたいな感じの時もあった。
まあ、とにかく自分がプロになろうとかことも考える間もなく 次から次へとやりたいことがありましたね。仕事で日本でツアー始めてからもすごい忙しくなってきたし。ある日「ある程度できるんだな。まあ これで食っていけるかもしれない」と 。アメリカでは渡米してから 12年間 プロになるまでバイトしてたんですけど。それも自然にやってたらバイトやらなくて食べていけるかもっていうところまである地点でなったっていう感じなんですね。
アメリカと日本のジャズシーンの違い
U:ちょっと 話変わるんですけど 、野瀬さん自身も 普段は日本にいないからよくわからないところかもしれないんだけど、日本のジャズシーンとアメリカのシーンって違う部分はあるんですか?
N:そうね、例えばアメリカだと若くて可愛い姉ちゃんのミュージシャンみたいのがちやほやされるとかってのはそんなないかもしれない。たまにあったとしても、日本の場合はよくあるじゃないですか。もちろん 上手い人も最近すごいいっぱい出てるけど、なんかそういうのはあまりなかったりとか。あと日本はメジャーな人がすごく目立ってる感じがします。メジャーな人がメインストリームにいて、フリー系とかそういう人はだいぶ市民権を得ないと目立ってこない。
U:オーディエンスの傾向とか反応はどうなんですか?
N:
オーディエンス はいわゆる日本のジャズファンの結構な パーセンテージは団塊世代の人たちなんですね。その人たちが聴いてきたものは ビーバップだったり パド・パウエルだったり、チャーリー・パーカーだったりとか。そういうのを聴きたい人が主流でスタンダードです。
自分なんかは それを無視したわけじゃないけど、それをやらずにきたことによってファンを獲得した方です。例えば、フリー・インプロのアルバムを全部出すとか、アルバムの最初から全部オリジナル曲っていうのを、今アルバム16枚目なんだけどそこまでやってきたりとか。
そういう人って日本では特にあんまりいないと思うんですよね。最初の頃は 共演者とか日本の人たちに「スタンダードもやれ」とか「レコード会社からちゃんと出さないと下に見られよ」とか色々言われたんだけど、ずっとオリジナル曲ばっかりを出してることによって、映画で使われたりとか、テレビで使われたりとか、作曲してくださいと頼まれたりとか。
僕の場合は音楽性でファンになってくれる人ーー必ずしもジャズをよく知ってる人じゃなくても アーティストがすごい多いんですよね。例えば、絵を描く人、写真撮る人、ビデオを作る人。あまりジャズのことは知らないけど、直感的にいい・悪いってのを感じるような人かすごいいっぱい聴いてくれていて、ビーバップとかの枠にとらわれずにフリーとかも全て聴いてファンになってくれる人もいます。もしくは、少数派なんだけど、すご 詳しい人で多少の違いがわかってくれるみたいな人。
U:そういうファン層は、アルバムを出して演奏活動してる内にだんだん築かれてきたという感じなんですか。
N:
そうですね。
今 アルバムは 自分のレーベルからは16枚目が出るところですね。あとレコード会社から1枚出てます。
U:16枚!すごいですね
死ぬまでに1000曲残したい!その理由は…?
N:
全然 すごくないですよ。 2002年が1枚目 なんで、1年に1枚も作ってないってことなんでちょっとペース あげないと死んじゃうな と思って(笑)
U:野瀬さんはもっと出したいんですよね。
N:
めっちゃ曲があって 死ぬまでに1000曲ぐらい残したいんですよ。
1000曲作るんじゃなくて、1000曲音として残したいーーと、いつの頃から考え始めた。まだアルバム16枚で、数えてないんですけど200曲くらいしか録音してないことになっちゃうんで。本当は1年に30曲くらい録音したいですよね。
そしたら10年間で300曲だとしてもあと30年はかかっちゃうからちょっとペースを早めないとと思ってるんですよ。
U: 1000曲っていうのはどっから出てきたんですか?
N:
なんとなく1000曲作ったら誰か聞いていいと思うのが1曲はあるんじゃないかなと思ってます。
まとめてクリエイトするには集中する環境づくりが必要
U:ジャズのミュージシャンてアルバム出したりとか演奏活動したりとかしか表には見えてこない訳なんですが、普段はどういう生活してるんですか?
N:
僕は特に ミステリアスに見られるみたいで(笑)
適当に弾いてる風に思われがちだし、SNS とかも「山 行ってきました」とか「海 行ってきました」とか、綺麗な写真ばっかりあげてて、あまり「練習しました」とかそういうの 一切 載せてないんから誤解まねくんだけど。
一般の人全員に「こんなことしました」っていうのを出すことはしないかなと思ってます。オンラインサロンやってるんですけど、そこではガチでショパン弾いたりとかガチで練習していたり、毎日同じ曲弾いたりしてるのを生中継でお届けしたりしてました。
実はけっこう練習する方です。
この2年間はイレギュラーなことがありすぎて落ち着いて練習とか作曲とかしてないんですけど、ニューヨークにいる時は、余計な「雑音」ーー「雑音」っていうのは、音の雑音ではなくて音楽以外に「やらなきゃいけないこと」がないようにしてあっちにいるんですけど。例えば、3ヶ月間ストリングスのアレンジをずっとやってたとか。前は、毎日朝になるとクラシックの先生に習ってた学校に、何でもいいからとりあえず そこに行って練習するみたいなことを10年やってたりとかしてました。
この2年間、本当に日本で忙しすぎて。今、そういう練習に打ち込めるような場所を 小樽に作ってます。小樽でも落ち着いて創作活動とかピアノの練習とかできるような場所。そこでピアノホールみたいな感じでコンサートしたりとか。その工事が大変すぎてプラス人に 誘われたりとか…。諸々 言い訳 なんですが、いたいどっか行かない限りは毎日 ピアノは弾いています。
U:今の話の中でお伺いしたい事がありまして。日本だと「雑音」が多いくてニューヨークの方が自分のやる音楽にバチッと打ち込める環境を用意できるというおっしゃってましたね。それはどういう違いなんでしょうか。
N:
日本だと付き合い的なものも多いし、手続きとか書類とかも多くてすっごい面倒臭いんですよね(笑)ゴミ捨てにしても 何曜日に捨てなきゃいけないとか、書類にハンコいりますとか、住民票届けをするとか、保険証がどうのとか…。そういうのも 1つあるし、お誘いも多いというのもあるし、何だろうね。
ニューヨークにいる時って、今は自分のプロジェクトだけに割とフォーカスしてるんです。前は何でもかんでも仕事やってたんだけど。レストランでスタンダード弾いたりとかってのも、もちろん声がかかったらやりますけど。最近は日本に行ったり来たりし過ぎてるって事もあって、そういう仕事を少なくして、アレンジするとか自分の音楽にフォーカスしています。そういうのが小樽のホールができたら、日本でもいい環境ができるのでもう少しやりやすくなると思います。
例えば、 LINE でも何でも連絡来て1週間返信しなくても ニューヨークだとみんな何とも思わないんですよね。日本だとみんなイライラする(笑)そういうのがあっちはないけど、その分クールだし孤独感もあるんだけれども、何かをまとめてクリエイトするには、自分はそういう環境が必要なんですよね。自分は遊びに行っちゃうタイプなんですよ。本当は外を出たくなっちゃうタイプなんです。
ニューヨークは美味しいものも そんなないし、大体あっちに行ったら食べたいもの ないし。そういう「やりたいこと」がほとんどなくなる。食べたくもない、酒飲みに行きたくもない、タバコも吸わない。日本ではちょこちょこ 吸ってたりとかしてるけど。別に友達とかも飲みに行こうとかそんなんたまにしか ないし。
U:意外ですよね。 ニューヨークってそういう ソーシャルありそうなのに。
N:
いやそれは繰り出せばありますよ。 ソーシャルはありますよ。あるけど「いや 俺、やっぱり帰るわ」って言える。今気が変わったりとか あるじゃないですか。
あと、作曲してると電話とかなかなか出にくいんだけど、日本の人って平気で電話かけてくる(笑)そういう世代の人がいるわけじゃないですか。あと突然家に来ちゃう人とか。近所の人とか叔父とかおばとかは仕方にしても、そういうのがあると集中が切れちゃう 。
去年一番笑っちゃったのが、次の日 レコーディングがあるんで自分が家で 練習してたら「ピンポーン」って叔母がやってきて。「何してんのや?」ていうから「明日レコーディングでさ、練習してるわ」って。「そうなんだー」って言ってから、「山菜採りに山、行こうと思ってー」って言うんですよ、 おばさんが(笑)「そっかー、俺、レコーディングなんだよ」って言ったら「栄進、今日の予定はー?山行こうよ」ってみたいなやり取りが延々と(笑)
練習とかってのはそういう認識 あんまりわかってもらえない(笑)
U:家族とか親戚とはそういうタイミング読まない関係はあると思いますけど(笑)ニューヨークの場合は基本的にそれぞれ人生とかやることがあるからということで お互いあれ線引きがあるんですかね。
N:
そうだと思う。
よく村上春樹さんとか小説家が執筆しに海外に行っちゃったりするでしょ。ああいうレベルまではもちろん行ってないんだけど、彼の本とか読んだりすると「雑用を全部 済ませて 小説 書く」って言ってて、メールとかも チェックしないみたいな。すごい わかるかも。あそこまで行けたらすごいですよね。
U: 生み出す人ってやっぱり その時空を作るのは必要ですよね。
私の知り合いの人も 机の上に何も置かないという人がいます。その人は音楽家とかアーティストではないんだけれども、科学者 系の人で。論文を読んだりとかなんかを生み出す時に何もない方がいいって言ってました。(逆に、思考を活発にするために無造作に本を置くという人もいます。いずれにしても、自分の集中空間を作るという意味だと思う)
N:
すごい わかる。
自分は ガサツでだらしないんですけれども、ピアノの周りが汚かったりとか物があるのがすごい嫌で。でもその状況って結構難しいので、ニューヨークでは朝に練習場を確保するために学校に行ってたってな。そこは音楽のものしかなくて外に木とか見えたりとかして、ピアノがあって、楽譜が飾ってあってそれだけみたいな。自分でもそれが作りたかったんですよね。なんでパって目をあげた時に ごちゃごちゃ ものがない。実家とかだと、ぬいぐるみ とかいろい 目に入るものがあるじゃないですか。自分の実家もだいぶ努力してやってたんだけど、親が帰ってきたりするとそれが完全に崩れちゃうし。
U:人が生活する空間ですからね。
N:
なんで全財産をつぎ込んでホール+自分のクリエイトできる環境を作ってるんです。自分のピアノのある場所にはピアノしかない 25畳くらいのスペースにピアノしかないんです。まあ 椅子とかもあるけど。日本でもその環境ができつつあるので もう言い訳はできないかな っていう感じですね。
U:その話って、自分のやりたいことに集中したい人にはどんなジャンルでも参考になるとか、わかるってとこがある感じがしますね。
ニューヨークスタインウェイを購入!そこから古民家づくりが始まった。
N:
僕は楽器をやってるので、自分の好きな楽器で楽器の音が良くなる場所で弾くのとそうじゃないのでは時間の進み方が全然違うんです。3時間弾いてても全然平気な気持ち良いホールとかあるんですよ。
自分が好きなピアノで自分が好きな場所だったらもっと気持ちよく弾けるんでは?とか今後の時間とか色々考えて、自分はニューヨークスタインウェイが好きなの で、それを6年前にニューヨークで購入して日本に運んだんです。先にピアノを買ってしまって、ずっとそのピアノが弾ける場所を探してました。
U:先にピアノを買っちゃった。
N:
いや 買っちゃったんだけど、1912年製のピアノで象牙製なので、3ヶ月くらいかかってやっと持ってきた ピアノです。それもあって今もあの古民家の場所を作ってるんですね。
U:じゃあそのピアノは最初から最高の環境に置けたわけじゃなく、とりあえず 納めたってことですね。
N:
最初は友達がやってるアートギャラリーに置かせてもらいました。
じゃあ 置き場所あるから買うか、みたいなことで。そこに買って置いてたんだけど、その後そこはなくなって1回実家に行って、そしたら実家が売り出すって言って、ってどうしよう?ってなった時に、また一時期 友達の小さなスタジオみたいのに置かせてもらって。その間に家を見つけて買ったんですよね。で ここをホールにしようと。
U:ホールにできる家が見つかるというのがすごいですよね。
N:
音がないところって中々なくて。あと昭和の家だと人を入れるのがちょっと難しいんですよね。今の家は 築86年なんだけど、壁を全部取っ払ったら 50畳くらいあってまあまあ広い。これは行けるなと思った。
U:それはどういうご縁で見つけたんですか?
N:
それも「ピアノをどうにかしてくれ」って同級生に言われたのがきっかけで家が見つかったんですよね。ちょうど僕の実家を売るからって家を追い出された時期で、見たらすごいいいピアノでアップライトなんですけど、このピアノ欲しいけどどうしようと。実は家がなくなってもらえないんだけど、でもどうにかするよって言って。それで小樽の中の芸術の村みたいなところにあるかっこいい美術館に寄付したんですね。
その経緯で家ないの?って言われて。実はピアノだけじゃなくて手放したい家が3軒あって、小樽に2軒と今いる札幌の方に1軒あってと聞いた。小樽のところは普通の昭和の家で あんまり 魅力なくて、まあ今は思えば両方買っとけなかったと思うけど(笑)じゃあもう1軒あるけどそっちはすごい古いよって言われて。で、見に行ったのが今買ったとこです。そこは 650坪くらいで家がポツンとあって。周りに家が隣接していないので、ここだったら 札幌も近いし土地もあるし音楽できるし、家はボロいけど 壊したらどうにかなるなと思って、3年前に購入しました。
2022年の11月から 第2弾の工事が始まり来月の11月までに終わります。もう 内装はだいたい終わっていて、本当はそこでストップも考えたんだけど。去年 ちょっとだけ冬に演奏したり、今年の1月に今、京都御苑に流れているレコーディングの録音をしたんですけど 寒すぎる & 壁が薄すぎて レコーディングするには 外の音が入ってきちゃうんですよね。これはちゃんと外断熱と屋根をやらないと使えない、無理だ、音楽もできない。と思って検討してたんですけど、一気に工事をやることになって多分来月に終わり 完成します。ほぼ 外見たら 新築に見えます。
U:自分がやりたいことがあるとこういう風に色々と環境が揃っていったり変化が揃えていったりとかして、側から聞くとどんどん進んでる感じがしますけど、実質1人でアーティストとして活動してるわけじゃないですか。「こうして行こう」って時に次の展開に迷ったりとか、誰かにアドバイスもらおうとかそういうこともあったりするんですか?
N:
アドバイスは常にもらってるんだけど、今度はこうしたいとかっていう間にもなく 次から次へと色々来て。急に家とか 追い出されないでしょ、普通(笑)ニューヨークの家と日本の家 同時に追い出されたんですよ、 僕。同時に 居場所なくなったんです。地球 ホームレスみたいな(笑)で、家を慌ててめっちゃ探して、結局こうなった。
リノベーションとかも色々迷うというか やりたいことがありすぎて。音楽もやりたい。作曲もしたい。ピアノ ももっと 上手くなりたい。最近は本としても残しておきたいと思ったりとか。色々と文章書いているんですけど、その文章がバラバラすぎるんですよね。古民家のリノベーションが終わったら、この経緯も形にしようかなと思っています。あと写真も撮ってますが、写真と音楽をリンクさせてやるのもいいかな とか。
やりたいことがいっぱいありすぎて、むしろとか自分がやらなきゃいけないことをどうやって減らしていこうかっていう方が大変。手伝ってくれる実行委員会 みたいな友人とかたくさんいるんですけど、まだまだ自分がやらなきゃいけないものが多すぎて。それを少しずつ 手放していく方法を 今考えてます。
U:野瀬さんの音楽について聞きたいんですけど、これから死ぬまで1000曲残したい方だから、一つ一つの曲に対して思いがどういう風にあるかはわからないんですが、今までの自分のアルバムや曲で好きなやつとかありますか?
N:
今出てるやつ全部ですよね?
CD として出ている過去のものだとすると、1枚目とか2枚目とかだと『Point of View』とか『Here Now Here』とか『Hope』とかは、アーティストとしては「こんなの作ったぜ!イェーイ」みたいな感じなんですけど、一般的な人からするとメロディアスなのが好きみたいです。
例えば『Kuba』とか『Quiet Blue Snow』っていう曲があるんですけど、友人の家に遊びに行ったらそこの子供が「栄進の曲、すごい好きなんだよね」って暗譜して全部弾けるんですよ。まあ楽譜をあげたんだけど、家族でみんな「この曲、好きなんだぜ」っていうから、ちょっとびっくりしちゃった。
『Quiet Blue Snow』を弾きたがる人は多いですね。あとたまに「『Kuba』を超える曲をお前はできると自分で思ってんのか」みたいなことを勝手に言われたりとか(笑)俺は自分としては音楽性ーーこれが精神 だ!みたいな曲が好きなんだけど、特に日本の人はメロディアスの曲が好きみたいです。それか、『Awamori Dance』みたいな めっちゃハチャメチャ なのかどっちか。
作曲にはこもる時間と自然の中でリフレッシュと 両方必要
U:作曲する時ってどういう感じで湧いてくるんですか?
N:
一番いい曲ができる時っていうのはピアノにの椅子に座ってない時。流れてて、あ!っていう時(笑)外を歩いてたりとか、シャワーに入ってたりとか、車の中とか。メロディ リズムだけ 浮かんだりする時が多い。でも、ピアノに向かって 例えば「今、作曲して」って言われたら、なんかしら作る。(と弾いて見せる)これは今作ったんだけど、なんぼでも作れる。
ただ、まとめるのに書き留めておくのが追いつかない。めんどくさがり屋のが抜けないというか。楽譜に帰って残しておかなきゃいけない。で、とりあえず作曲メモとして、iPhoneに録音してるものーー歌ってるのとかめっちゃいっぱいあるんですけど。あとノートのメモとか。それをニューヨークにいる時にパーって曲をにしたりしてたんですよね、落ち着いて。日本だとなんやかんや その ビーバップの人からも有難いことにありとあらゆる仕事が入ってくるので。それはそれでもちろんいいんですけど、ニューヨークだと僕ぐらいだとそんなに仕事がこないから。ずっと長くいるとまた違うんですけど。なんでそういう時に曲のメモとかを清書します。
コロナの時はやっぱり書きましたね、外に出ないで。作曲にはこもる時間と自然の中でリフレッシュするのと 両方必要だと思います。
自分がすっきりしてないと、いいものがダウンロードできない。
作曲ってダウンロードみたいと思ってるんですよ。自分の悩んでる苦悩を表現しました!っていうのはあんまり本物じゃなくて、苦しみとかそういうのをがない状態でバーンと降りてきたり、感じたりするものが本物の芸術だと思っています。
それには自分自身がクラリティを上げないと何もキャッチできない。自分のクラリティが上がってエネルギーが高まるは高まるほど、音もディープになる、曲もディープになると思っていて。そういう作業もニューヨークではしてるんですよね 。リトリートしたりとか、ヨガのクラス行ったりとか、瞑想したりとかそういうの 普通の人が考えてる以上にかなり激しく実はやってたんですよね。
U:普通の人が考えるよりかなり激しく(笑)
N:
2006年にインドのヴィパッサナーという瞑想コースに行ってから、日本に帰ってくる頃まで毎年必ず1回か2回は1週間誰とも喋らないリトリートに行ってました。その「誰とも喋らない」が、日本ではまず無理ですね。1週間誰とも喋らないって よっぽど事前に 行っとかないと。ましてや 10日間は無理だね。ただ、もう今となっては ニューヨークでも10日間はちょっと無理かもしれない。
U:大事ですよね、そういう研ぎ澄ます時間は。
N:
暇だと YouTube 見たり飲んだりしちゃうじゃないですか
U:そういう風に仕掛けられてるからね。
N:
かなり毒されてるから。そういうものからシャットダウンする時間が必要。それでニューヨークに戻ってたけど。最近 コロナになってから日本に帰ってきてからの趣味が釣りなんですけど それはすごい リフレッシュというか 瞑想状態になりますよね。
U:その場所にあったやり方ってのあるかもしれないですね。ニューヨークだとああいう場所だからこそ 逆に集中してヴィパッサナーやったりしてまた戻ってくるぜ!ってできるかもしれない。
N:
2年半 帰ってなくていろんな状況がもう変わってるよ って話だから、今どうなってるかわからないけど。半年以上日本にいたことが30年近くなかったのが、来月には自分の場所ができて、ニューヨークに戻った時にどう自分が感じるかは楽しみもあるんですけど。未知ではある。
でも確実に感じるのは、今までみたいなニューヨーク生活はもういいかなと。集中してなんちゃらかんちゃらっていうのはやるんですけれども、そんなに長くなくてもいいかな 。
むしろ行ったことのない国に行く 拠点として まだあっちにつなげておきたいな。あと日本のものを1回 リセットするという意味で。前みたいにどっぷり あっちじゃなくてもいいのかな とは 今ちょっと感じてますね。
U:意図に応じて、その時々に必要なように場所の力をうまく利用すれがいいですね。場所によって 性格 もちょっと変わっちゃったりとかね。
N:
そうだね。
今までのものをちょっとリセットして次に行きたい
U:じゃあ 最後に今後の予定とか、今一番やりたいことがあったら教えてください。
N:
11月10日にキタラっていう札幌のコンサートホールで演奏するんですけど、それを成功させたいっていうのが まず1つ。作っている音楽を完成させるっていうのは大前提で、次のステップに行きたいですね。
音楽の表現とか全部そうなんですけど、今までのものをちょっとリセットして次に行きたくて。具体的には、この10年ぐらい普通のピアノのトリオーーピアノとベースとドラムっていう ピアニスト だったら誰もがやるような編成ってやってなかったんですけど、それを復活させて自分のバンドのレコーディングをニューヨークに戻ったらやりたいなっていうのと、フォーストリングスにピアノとパーカッションていうアレンジを書いたのがあるんですけど、それをどの段階かでオーケストラにしたいんですよね。オーケストラ + ピアノ プラスパーカッション それを引っさげて世界を回りたいなと。
普通のジャズミュージシャンとしてというよりちょっと違う路線。『ラプソディ・イン・ブルー』のピアノとオーケストラって何度か札幌 公共楽団とか水族館 静岡フィルとやらせてもらったんですけれども、そういうのをの延長というか別バージョンの音楽でできるようなアレンジを書いて、ジャズとオケのコラボというのをやってみたい。
前から実は言ってるんですけどね。書いてはいるんだけどオケを書くというのは やっぱりすごい未知。なんで、まとまったすごい時間とエネルギーが必要なのであと10年以内にやらなかったら多分できないと思ってる。10年じゃないな、5年と言っとかないとちょっとですね。
あとは、ヨーロッパ。スペインとかに行ってみたいですね。ペルーとかでもいいんですけど 南米は危険すぎるから。スペイン語圏 だったら スペイン。自分は自分は南米の音楽はすごい 大好きですけれども、音楽的にキューバの音楽とかじゃないんで。 あとはピアノをもっと上手くなる!
U:もっとうまくなるってのは、表現したいことが 何 かあるんですか?
N:
やっとピアノの弾き方がコツをつかんだかなというのがあって。ちょっとワンステップ 上の表現力に行きたい。 ジャズのピアニストだと、テクニックの部分とコンテンツの部分と2つの要素があるんですけど、どの両方の部分を1回見直してステップアップしたい。
U:じゃあ今ちょっとステージが変わるタイミング なんですか。
N:
だといいんだけど。来年 いろんなことが一気に落ち着くと思うんでそこで どうするか?どうなるか?どうなることやら?多分、今は人生で一番忙しい時期なんですよ。今までリノベーションなんかしたことないし 、 補助金とか出したこともないし。この1年でリノベーションの補助金を4個とか5個とか提出しました(笑)おまけに、日本から 初めて ヴィザの更新ってやったんですよ。ヴィザ 1個だけでもいつも だと 死にそうなのに(笑)あと CD を2枚作った。いつもなら CD 1枚 作るだけでも大変な感じなのに。
そういうのが一気に来ててわけわかんない状態。けど 来年の1月にはピタッと1回終わりそうなのが見えてきて。アメリカのヴィザもとれたんですよ。あと 面接するだけなんで、多分あっちに帰れる。
あとは古民家のこけら落としさえすればちょっと落ち着きます。自分としてはもう2年待っててもらってるんですよ。こけら落としやるって言ったらコロナになって ちょっと集められないでしょ ってなって、その段階で工事をちょっと遅らせて。 来年からどうなるか っていう今言ってることをちゃんとやってるのか?
U:じゃあ来年もまた聞かせてもらいましょうか。
N:
古民家の方から なんとか配信できるようになったらいいよね。来月末からはできるようになると思います。
U:今日は色々と聞かせいただきありがとうございました !

野瀬 栄進 / のせ えいしん
ジャズピアニスト & コンポーザー
ピアニスト・作曲家。北海道小樽出身。
1992年よりカリフォルニア、1995年よりニューヨーク在住。Mannes College of Music, New Schoolジャズ科卒業。ジャッキー・バイヤード、リッチー・バイラーク、フィル・マルコウィッツ、バーリー・ハリス、ラス・ロッシング各氏に師事。
ヘルマン・ディアス氏にクラシック・ピアノを師事。
ジェイムス・コマック、マット・ウィルソン、エリオット・ジモンド、トニー・モレロ、ジェフ・ウィリアムス、グレゴア・マレット、デュアン・クック、デイブ・アンブロシオ、デイビット・スミス、ティム・アマコスタ、トラビス・サリバン、ボブ・マイヤー、ブルックリンビッグバンド、井上陽介、小山太郎、武石聡、東原力哉、安ヵ川大樹、与世山澄子、奥野義典、小山彰太、他数多くのミュージシャンと共演。Blue Note NYを始めとする数々のクラブに出演、アメリカ、南米、日本などで演奏活動中。
– Website
– ライブスケジュール
【予定】2023年10月21日より日本ツアー
🗒 編集後記 🤓
やりたい!に突き動かされて、今なお「死ぬまで1000曲つくる!」という壮大なゴールに向けて世界を切り拓いてき続けている野瀬さん。
何せ、ジャズピアノを通して自分の音楽を作ることに定まってからは、自分がプロになろうとか考える間もなく、次から次へとやりたいことができて、10年くらい経ってから「おお、これで食っていけるかもしれない」ってなったというほど。
ミュージシャン、特にジャズ・ミュージシャンはとかく生態がミステリアスだけど、実際には毎日、雑念に邪魔されないクリーンな環境を保ちピアノを練習し続けたり、妥協することなくコツコツと実行を進めてる姿が浮かび上がってきました
自分の好きなピアノ・好きな場所だと、時間の進みかたが違う!
というアーティストならではの良い意味でのこだわりが呼び寄せた、スタインウェイ、そして古民家との出会いの話にも注目。1年経って、またニューヨークに戻り新しいスタートを切った野瀬さんに、その後をおうかがいする最新版も近々とりなおす予定ですので、近況で聞きたいことなどあれば、ぜひ運営までご希望お寄せください。
※写真はすべて野瀬栄進さんご本人からご提供いただきました。
◎感想をお寄せください!
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梅澤さやか すべて表示
カルチャーマーケティング・コンサルタント/KAFUN株式会社 代表
新しい市場・ユーザーを開拓したい企業、持続的・魅力的な地方創生・まちづくりを目指している行政に。
過去・現在・未来の人の営み=文化を通じて、事業・地域・組織にあるまだ取り出されていない価値を引き出し
求める人と結びつける。
🗂️30年270件の実績
📚著書『エグゼクティブはなぜ稽古をするのか』Amazon「禅入門」1位、讀賣新聞掲載
🏫慶應大学美学美術史学学史